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2008年04月05日

伊是名巡り その3

清明祭の季節がやってきました。
伊是名玉御殿でも、4月2日に行われたようです。

さて、伊是名玉御殿での清明祭がいつ頃から行われたのは不明ですが、現在行われているような形の「公事清明祭(クージヌシーミー)」の実施は1870年からです。
首里王府は、伊是名玉御殿においても首里の玉御殿(玉陵)と同じ格式を持つ清明祭を実施することとし、1870年に伊江王子を代表とする使節団を島に派遣し、一行は首里風のやり方を指導して、今後は指導通りに挙行できるようにしました。

まず、その実施するために必要な道具類を支給し、さらに、公事清明のやり方を細かく記したマニュアル(文書)を与え、以降は銘苅家を中心とした四殿内で祭祀を執り行うこととしたわけです。

これら道具とマニュアル本である古文書は、銘苅家に大事に伝えられており、現在は伊是名村ふれあい民俗館で保管・展示されています。
道具については、漆器を中心に陶器や金工もあり、現在でも年に1回の清明祭では使用されるという、いわゆる生きた文化財です。
古文書については、「玉御殿御初祭并清明御祭祀日記」、「玉御殿道具帳」などがあり、清明祭が挙行されるまでの日記、道具のリスト、祭祀を挙行するための道具の設置方法や料理のレシピといった資料があります。

道具とその使用方法が記された古文書が一式残っており、さらに祭祀が行われた伊是名玉御殿(場所)、それから現在行われている清明祭を含め、資料と場所と祭とが複合的に存在しているという点は沖縄では珍しい事例です。

ちなみに現在の公事清明祭は、戦後は四殿内の門中行事として行われていたものを、尚裕氏の来島をきっかけに、1974年から復活したものだそうです。
現在は伊是名玉御殿を管理している伊是名村が主催で行われています。

実は、公事清明祭はまだ生で見たことないのです・・・来年にでも見に行けるかな眠っzzz

今回の友の会巡見では、ふれあい民俗館で展示された、道具類を見学しました。
小さな資料館ですが、その資料の意味を知った上で鑑賞することで、全く違った印象で見えたのではないかと思いますチョキ


写真がないので、遠方からみた伊是名城跡です(ふもとには、伊是名玉御殿がみえます)




参考文献
・『伊是名村銘苅家の旧蔵品および史料の解説書-公事清明祭をめぐる公文書とご拝領の品々』 伊是名村2007年
  

Posted by りゃん at 15:54Comments(0)TrackBack(0)その他

2008年04月04日

伊是名巡り その2

伊是名島には、他の島々には見られない特徴があります。

金丸が首里で第二尚氏王統を樹立した後に、伊是名島に残った彼の姉・叔父・叔母の3人に対し、特別な役職が与えられました。
姉の真世仁金には「伊平屋の阿母加那志」という神女職、叔父の真三良には「銘苅大屋子」という特別職、叔母の真世仁金には「二かや田の阿母」という神女職がそれぞれ与えられ、代々世襲されることになります。
「二かや田の阿母」については、叔母の真世仁金が死去した後、二人の娘が同時に二かや田の阿母職を継いだために、その職は「南風」(姉)と「西」(妹)の二つに分かれた。それ以後、銘苅大屋子のみは男子が、それ以外の三家は女性が代々世襲する慣わしとなった。

この4つの家柄の総称を「四殿内」と呼びます。

四殿内は王家に縁がある家柄として、祭祀権などが与えられ、首里城にも訪れています。特に銘苅家については系図を持つことが許され、島で唯一の士族でもありました。

金丸の両親とその四殿内を葬った場所と呼ばれるのが、伊是名玉御殿です。

伊是名グスクの麓に北面して造営されており、破風形式の墓の壁面は漆喰で塗り固められています。
玉御殿の創建は尚円の子の尚真王の代(1477~1526年)だと伝えられています。
当初の墓は一軒の木造瓦葺きの建物であり、さらにその屋内に板葺きの建物が設置され、その中に唐石厨子二基を安置する構造でしたが、1688に修理され、現在の石造りの墓となりました。
墓室は二つあり、左側が東室、右側が西室になっています。

2005年、尚泰王の孫にあたる井伊文子氏の分骨式が伊是名玉御殿で行われ、その機会に墓室内の調査が行われました。
その結果、東室には中国産の輝緑岩(青石)で造られた二基の石厨子、西室には甕厨子が17基、屋形厨子が3基の合計20基の厨子が確認されており、さらに、西室の厨子からは、同治9年(1870)に東室から移されたことが記される銘書が数件確認されています。

ちなみに、同じく尚泰王の孫で尚家の第22代当主・尚裕氏の遺骨も伊是名玉御殿に埋葬されました。

何度も修理が行われ、変遷をとげてきた王家ゆかりの墓・伊是名玉御殿。
まだまだ多くのナゾがある不思議な空間なのです・・・。

たしか3日に、伊是名村主催で清明祭が行われたはず・・・
清明祭と四殿内については、その3で。




参考文献
・『首里城研究 特集伊是名玉御殿調査報告』No.9 首里城研究会編 2006年
・『伊是名村銘苅家の旧蔵品および史料の解説書-公事清明祭をめぐる公文書とご拝領の品々』 伊是名村2007年






  

Posted by りゃん at 08:33Comments(0)TrackBack(0)その他

2008年04月02日

伊是名巡り その1

先日の伊是名島巡見のおさらいおすまし

伊是名島といえば、第二尚氏王統の始祖・尚円王(金丸)の出身地として、島おこしのテーマともなっています。
金丸の出世伝承は主に次のとおりです。

金丸は伊是名島の諸見村の百姓として生まれ、20歳の時に父母を同時に失います。
ある飢饉の年、彼の田んぼだけ水量が豊富であったことから、村人に水泥棒の誤解を受け、24歳の時(1438年)に島を脱出し、沖縄本島へ向かいます。その後、各地を転々とした後、1441年首里に上り越来王子(後の尚泰久王)の家人となり、1453年尚泰久王が誕生することによって内間領主、御物城御鎖之側に出世します。
1460年の尚泰久王死去により、次の尚徳が王となると対立し、1468年(54歳)領地で隠遁生活を送ります。その翌年に尚徳王死去し、クーデターが起こり迎えられて王となり、第二尚氏王統が始まります。

伊是名島には、金丸の生家跡である「みほそ所」と産湯を使ったとされる「潮平御川」、さらに水の涸れない伝承のある「逆田」が史跡として残されていますニコニコ

「逆田」は、現在でも水の涸れない場所として伊是名の人々に大切にされています。
現在は伊是名村教育委員会が管理し、地域の子供たちの体験学習の場として利用されているそうです。



また、字諸見の「みほそ所」「潮平御川」一帯は尚円王御庭公園として整備されていました。

公園の中央には、島にいた若き頃の金丸像がアップ

当時の金丸の姿はわかりませんが、島を出る百姓姿の金丸が櫂(かい)を持ち、行き先の国頭村の宜名真を指さす姿を表現しています。この製作には、伊是名島出身の高良倉吉先生と名嘉睦稔さんがたずさわったそうです。

なんとなーく、お二人に面影が似ているような気がするのは気のせいでしょうかびっくり!




そして、金丸像の姿は伊是名島ではすっかり定着したようです。
子供たちの劇でも、わざわざポーズをとらせていましたニコニコ



私も学生時代に、この金丸像の前で同じ格好で記念写真をとった記憶があります。
すっかり金丸のイメージですね♪赤

  

Posted by りゃん at 19:14Comments(0)TrackBack(0)その他

2008年04月01日

首里かわらばん9号発行


首里かわらばん9号が無事発行されたようですおすまし
今回は「寒川町特集」です。

私も今朝、モノレール駅で気がつき、思わず1部ゲットびっくり

主な設置場所は、事務局のサイトからご確認ください。
首里まちづくり研究会
http://happy.ap.teacup.com/suimachi/

次回はいよいよ第10号。ここにいたるまでに長い時間がかかりました。
また気を引き締めてとりかかりたいと思います。

首里について知りたい情報、知ってる情報があれば、お気軽にメッセージ、コメントをくださいませ。
  

Posted by りゃん at 18:29Comments(0)TrackBack(0)首里かわらばん

2008年04月01日

伊是名島巡見

3月29日(土)、30日(日)の1泊2日、首里城公園友の会による伊是名島巡見に行って参りました。
一応、講師という名目だったのですが、講師の貢献度よりも企画勝ち!といった感じでなかなか有意義な2日間でした。
今回の参加者は、事務局を含めて総勢26名。

29日の朝一便にて伊是名島へ渡ると、宿泊予定の「なかがわ館」の中川さんがバスにてお迎えに来てくださいました。
昼食をとって、さて島内巡見。
色々話さねばと若干緊張していると、中川さんがバスの中から現地から、見事なガイドをしてくださいましたびっくり!
私も思わず、普通にお勉強・・・。
一応、私の今回のテーマは、尚円王に縁のある家柄・四殿内に関わる話をメインに考えていたので、役割分担はできたのですが、自分の仕事を忘れて、島の伝承や言われを含めて楽しんでしまいましたおすまし

昼間の主な巡見コースは、尚円王御庭公園(みほそ所、潮平御川) → 逆田 → 銘苅殿内(銘苅家住宅) → 伊是名村ふれあい民俗館 → 伊是名島森林公園(展望台、サムレー道) → 伊是名玉御殿 といったところ(文化財・史跡の部分のみ抽出)。



上の写真は、尚円王(金丸)の生家跡・「みほそ所」で解説する中川さん。



伊是名玉御殿の前での記念撮影おすまし

そして夜の部は、伊是名村産業支援センターで行われた、伊是名の子供たちを中心に演じられる「史劇・尚円~松金が行く」を見に行きました。今回、偶然日程が重なったのでオプションという形でご案内したのですが、参加者ほぼ全員で見て参りました。
子供たちが非常にかわいくて、なかなか見事なものでした。途中に、勢理客の豊年祭で行われるウンナー(綱引き)のシーンも出たりと本格的でした。





ラストシーンは定番のポーズアップ
ここ数年は伊是名といえばこのポーズですね。







会場では席を確保するために、事前に予約を入れていたら、なんと特等席を確保していただいていました。
伊是名の方々のご配慮に感謝すると共に、非常に恐縮です・・・汗
(沖縄ツーリストの添乗だったので、その予約名です)。

そして翌30日午前中も、当初はフリー企画だったのですが、ここでもオプションとして、伊是名島のNPO島の風の理事長である納戸さんより、現在、島で行っている古民家再生事業などのレクチャーをしていただきました。
こちらも、全員が参加していただき、納戸さんの島に対する熱い思いや、島の取組みを熱心に聞いていただきました。




 上の写真は、現在改修中の字勢理客の民家です。





勢理客公民館での納戸さんのレクチャー。
皆さん何度も頷いたり、一生懸命聞いてくださいました。
島の風の活動は、古民家再生だけではなく、11月に行われた銘苅家住宅を活用した「しまあかりプロジェクト」のコンサートの様子やエコバックの利用など多彩で、伊是名島だけではなく、色々な地域で応用できる発想ではないかと思いました。

1泊2日の短くて、でも非常に盛りだくさんの伊是名ツアーでした。
本当ならば、時間を忘れて島の風景をぼんやり眺める時間も欲しかったのですが、団体でのツアーなのでさすがにかないませんでした。
伊是名島は大好きな場所のひとつなので、また機会を見つけて今度はゆっくり遊びにいきたいと思います。

・・・今回のまとめを見てみると、私は講師というより、ツアコンか?といった感じですが、詳細はそれぞれ別に紹介したいと思います眠っzzz
当然ですが私のカメラなので、私の解説している写真が一枚もないという・・・悲しい結果になりました。参加者の方々も一生懸命聞いてくれてたのでおそらく、誰も撮影してくれていないと、思いますガ-ン

解説したという証拠がないのだよ~がーん

首里城公園友の会の平成19年事業は無事終わりました。
そしてまた平成20年度事業も、楽しい企画と共に、私も色々楽しい体験ができればな、と思います。



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問い合わせ先
首里城公園友の会事務局
(首里城公園管理センター内)
℡098-886-2020
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Posted by りゃん at 08:57Comments(0)TrackBack(0)首里城公園友の会